大工さん
窓:論説委員室から
 ときどき髪をカットしてもらう美容師さんの仕事ぶりは、見ていてほれぼれする。なにより速い。どんなに客がたて込んでいても、実に楽しそうにはさみを操っている。
 美容師という職業が若い人たちの人気を集めている。「スーパー美容師」などと呼ばれるスターも現れて、何カ月も前から予約をしなければならないほどだ。
 華やかなファッション業界の一角を担っているせいもあるだろう。しかし、思いのほか堅実な「手に職」志向もはたらいているのではないか。
 先ごろ発表された生命保険会社の調査で、「大工さん」が小学六年生以下の男の子のなりたい職業の一位に躍り出て話題になった。例年トップを争っていたプロ野球選手やサッカー選手は四位に落ちた。子どもは、鋭敏に大人の世界を映し出す。
 この春卒業した大学生、高校生、中学生の就職率は、いずれも調査開始以来最低だった。親たちの雇用も、不況によるリストラなどで揺らいでいる。
 広島県尾道市で長年、塾を営む井上浴さんは、この一年、親が自営業の子と、サラリーマン家庭の子どもの明暗を切実に感じてきたという。
 親が働くのを間近に見ている自営業の子は、どう生きればいいか、体験的に理解している。サラリーマンの子は、自分たちは社会に受け入れてもらえないのではないかと、不安と不信を募らせているというのだ。
 最近、ひとつの調査が井上さんの気がかりを裏づけた。日本の中高生は、中国や韓国、米国の同世代にくらべて二十一世紀の社会への希望や夢が極端に少なかった。
 学校を出さえすれば将来が開ける時代は終わりを告げた。腕一本で生きるという子どもたちの選択が、新しい社会の誕生につながるといい。
《出典》朝日新聞 (11/06/01) 前頁      次頁