奥多摩で「田舎暮らし」
都会の会社員らに人気
「そちらに空き家はないですか」。多摩川の源流が山肌をぬう東京都奥多摩町に、そんな電話が相次いでいる。 大半が中年サラリーマン。平日は都心に通い、週末に豊かな自然を楽しもうという人たちだ。「故郷にしたい」という人もいる。町内には不動産業者が一軒もない。過疎に悩む「東京の町」は第三セクターを通じて、地元材を使った住宅の建築・販売に乗り出している。
 東京都八王子市に住むイラストレーターの片庭稔さん(39)は、同町の第三セクター「奥多摩総合開発」が売り出した山あいの住宅団地に今夏、引っ越す。約200平方㍍の土地と木造ニ階建てで、2500万円ほど。
 親の転勤で大阪、神戸、千葉など十数回も引っ越しを重ねた片庭さんにはふるさとがない。長男は3歳。「この子が大きくなって街へ出てしまっても、星の見えるふるさとがあるっていうのは、うれしいことだと思う」という。自宅のコンピューターでイラストを書き、インターネットを使って納品するので、都心に住む必要はない。
 都会のサラリーマンの間で「田舎暮らし」が見直されつつあるが、中でも奥多摩町は、自然に恵まれる一方、新宿へも電車で二時間あまりと立地条件がいい。
「月刊田舎暮らしの本」(宝島社)の編集部は「田舎暮らしの穴場。ニーズは高い」と指摘する。
 キャンプ場の運営などをしていた奥多摩総合開発には七、八年前から空き家を探す電話が、年に五、六十本かかるようになった。町内には売買や賃貸の対象になる空き家が約四十軒あるが、「貸してもいい」という家が少なく、契約が成立したのは数件だけ。そこで町とともに、一昨年から住宅の造成を始めた。
 道路と水道の整備を町が、杉やひのきなどの資材提供を森林組合が、家の販売を同開発が受け持っている。29区画のうち8区画を販売。23日には、残り21区画の現地見学会を開く。
 奥多摩町の人口は一日現在で8022人と、ピークだった1959年のほぼ半分になった。町は「田舎暮らしの人気を生かして、過疎化を解消したい。若い人たちもぜひ来てほしい」と期待している。
《出典》朝日新聞 (11/05/23) 前頁      次頁