◀前 【18.微子:第06】 次▶長沮桀溺。耦而耕。孔子過之。使子路問津焉。長沮曰。夫執輿者爲誰。子路曰。爲孔丘。曰。是魯孔丘與。曰。是也。曰。是知津矣。問於桀溺。桀溺曰。子爲誰。曰。爲仲由。曰。是魯孔丘之徒與。對曰。然。曰。滔滔者。天下皆是也。而誰以易之。且而與其從辟人之士也。豈若從辟丗之哉。耰而不輟。子路行以告。夫子憮然曰。鳥獣不可與同羣。吾非斯人之徒。與而誰與。天下有道。丘不與易也。
長沮と桀溺と耦して耕す。孔子之を過ぎ、子路をして津を問わしむ。長沮曰く、夫の輿を執る者は誰と為す。子路曰く、孔丘と為す。曰く、是れ魯の孔丘か。曰く、是れなり。曰く、是れ津を知れり。桀溺に問う。桀溺曰く、子は誰と為す。曰く、仲由と為す。曰く、是れ魯の孔丘の徒か。対えて曰く、然り。曰く、滔滔たる者は、天下皆是れなり。而して誰か以て之に易えん。且つ而は其の人を辟くるの士に従わんよりは、豈に世を辟くるの士に従うに若かんやと。耰して輟めず。子路行きて以て告ぐ。夫子憮然として曰く、鳥獣は与に羣を同じくすべからず。吾は斯の人の徒と与にするに非ずして、誰と与にせん。天下に道有らば、丘与に易えざるなり。
長沮と桀溺の二人が、ならんで畑を耕していた。巡歴中の先師がそこを通りかかられ、子路に命じて渡場をたずねさせられた。すると長沮が子路にいった。――
「あの人は誰ですかい。あの車の上でいま手綱をにぎっているのは」
子路がこたえた。――
「孔丘です」
長沮――
「ああ、あの魯の孔丘ですかい」
子路――
「そうです」
長沮――
「じゃあ、渡場ぐらいはもう知っていそうなものじゃ。年がら年中方々うろつきまわっている人だもの」
そこで子路は今度は桀溺にたずねた。すると桀溺がいった。
「お前さんはいったい誰かね」
子路――
「仲由と申すものです」
桀溺――
「ほう。すると、魯の孔丘のお弟子じゃな」
子路――
「そうです」
桀溺――
「今の世の中は、どうせ泥水の洪水みたようなものじゃ。お前さんの師匠は、いったい誰を力にこの時勢を変えようとなさるのかな。お前さんもお前さんじゃ。そんな人にいつまでもついてまわって、どうなさるおつもりじゃ。この人間もいけない、あの人間もいけないと、人間の選り好みばかりしている人についてまわるよりか、いっそ、さっぱりと世の中に見切りをつけて、のんきな渡世をしている人のまねをしてみたら、どうだね」
桀溺はそういって、まいた種にせっせと土をかぶせ、それっきり見向きもしなかった。
子路も仕方なしに、先師のところに帰って行って、その旨を話した。すると先師はさびしそうにしていわれた。――
「世をのがれるといったところで、まさか鳥や獣の仲間入りもできまい。人間と生れたからには、人間とともに生きていくよりほかはあるまいではないか。私にいわせると、濁った世の中であればこそ、世の中のために苦しんでみたいのだ。もし正しい道が行なわれている世の中なら、私も、こんなに世の中のために苦労はしないのだ」(下村湖人『現代訳論語』)