◀前 【13.子路:第15】 次▶定公問。一言而可以興邦。有諸。孔子對曰。言不可以若是其幾也。人之言曰。爲君難。爲臣不易。如知爲君之難也。不幾乎一言而興邦乎。曰。一言而喪邦。有諸。孔子對曰。言不可以若是其幾也。人之言曰。予無樂乎爲君。唯其言而莫予違也。如其善。而莫之違也。不亦善乎。如不善。而莫之違也。不幾乎一言而喪邦乎。
定公問う。一言にして以て邦を興すべきもの、諸れ有るか。孔子対えて曰く、言は以て是くのごとく其れ幾すべからざるなり。人の言に曰く、君たるは難く、臣たるも易からずと。如し君たるの難きを知らば、一言にして邦を興すに幾からずや。曰く、一言にして邦を喪ぼすもの、諸れ有りや。孔子対えて曰く、言は以て是くのごとく其れ幾すべからざるなり。人の言に曰く、予君たるを楽しむこと無し。唯だ其の言いて予に違う莫きなりと。如し其れ善にして之に違う莫くんば、亦た善からずや。如し不善にして之に違う莫くんば、一言にして邦を喪ぼすに幾からずや。
魯の定公がたずねられた。――
「一言で国を興隆させるような言葉はないものかな」
先師がこたえられた。――
「いったい言葉というものは、仰せのようにこれぞという的確なききめのあるものではありません。しかし、世の諺に、君となるのも難しい、臣となるのもたやすくはない、ということがございます。もし、君となるのがむずかしいという言葉が支配者に十分のみこめましたら、その言葉こそ一言で国を興隆させる言葉にもなろうかと存じます」
定公がまたたずねられた。――
「一言で国を亡ぼすというような言葉はないものかな」
先師がこたえられた。――
「いったい言葉というものは、仰せのように、これぞという的確なききめのあるものではありません。しかし、世の諺に、君となってもなんの楽しみもないが、ただ何をいってもさからう者がないのが楽しみだ、ということがございます。もし善いことをいってさからう者がないというのなら、まことに結構でございますが、万一にも、悪いことをいってもさからう者がないという意味でございますと、それこそ一言で国を亡ぼす言葉にもなろうかと存じます」(下村湖人『現代訳論語』)