◀前 【03.八佾:第21】 次▶哀公問社於宰我。宰我對曰。夏后氏以松。殷人以栢。周人以栗。曰使民戰栗。子聞之曰。成事不説。遂事不諫。既往不咎。
哀公、社を宰我に問う。宰我、対えて曰く、夏后氏は松を以てし、殷人は柏を以てし、周人は栗を以てす。曰く、民をして戦栗せしむと。子、之を聞きて曰く、成事は説かず、遂事は諫めず、既往は咎めず。
哀公が宰我に社の神木についてたずねられた。宰我がこたえた。――
「夏の時代には松を植えました。殷の時代には柏を植えました。周の時代になってからは、栗を植えることになりましたが、それは人民を戦慄させるという意味でございます」
先師はこのことをきかれて、いわれた。――
「できてしまったことは、いっても仕方がない。やってしまったことは、いさめても仕方がない。過ぎてしまったことは、とがめても仕方がない」(下村湖人『現代訳論語』)