【09.子罕:第10】

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顔淵喟然歎曰。仰之彌高。鑽之彌堅。瞻之在前。忽焉在後。夫子循循然。善誘人。博我以文。約我以禮。欲罷不能。既竭吾才。如有所立卓爾。雖欲從之。末由也已。
顔淵がんえん、喟き然ぜんとして歎たんじて曰いわく、之これを仰あおげば弥いよいよ高たかく、之これを鑚きれば弥いよいよ堅かたし。之これを瞻みれば前まえに在あり、忽焉こつえんとして後しりえに在あり。夫ふう子し、循循じゅんじゅん然ぜんとして善よく人ひとを誘いざなう。我われを博ひろむるに文ぶんを以もってし、我われを約やくするに礼れいを以もってす。罷やめんと欲ほっすれども能あたわず。既すでに吾わが才さいを竭つくす。立たつ所ところ有ありて卓たく爾じたるがごとし。之これに従したがわんと欲ほっすと雖いえども、由よる末なきのみ。
顔淵がため息をつきながら讃嘆していった。――
「先生の徳は高山のようなものだ。仰げば仰ぐほど高い。先生の信念は金石のようなものだ。鑚きれば鑚きるほど堅い。捕捉しがたいのは先生の高遠な道だ。前にあるかと思うと、たちまち後ろにある。先生は順序を立てて、一歩一歩とわれわれを導き、われわれの知識をひろめるには各種の典籍、文物制度をもってせられ、われわれの行動を規制するには礼をもってせられる。私はそのご指導の精妙さに魅せられて、やめようとしてもやめることができず、今日まで私の才能のかぎりをつくして努力して来た。そして今では、どうやら先生の道の本体をはっきり眼の前に見ることができるような気がする。しかし、いざそれに追いついてとらえようとすると、やはりどうにもならない」(下村湖人『現代訳論語』)
がんえん、きぜんとしてたんじていわく、これをあおげばいよいよたかく、これをきればいよいよかたし。これをみればまえにあり、こつえんとしてしりえにあり。ふうし、じゅんじゅんぜんとしてよくひとをいざなう。われをひろむるにぶんをもってし、われをやくするにれいをもってす。やめんとほっすれどもあたわず。すでにわがさいをつくす。たつところありてたくじたるがごとし。これにしたがわんとほっすといえども、よるなきのみ。