余録
毎日新聞
 あすが忌日となる作家の内田百聞は玄関の外の柱に張り紙をした。「世の中に人の来るこそうるさけれ とはいふもののお前ではなし」という蜀山人の狂歌の後に自分の歌を掲げている。「世の中に人の来るこそうれしけれ とはいふもののお前ではなし」▲なにしろ自分の茶室を「禁宮寺」と名づける客嫌いである。「玄関から人が来て困る」。来なくてもいい客も、来るはずの客も「どちらも来られては困る」。そこで張り出した紙が誰かに持ち去られ、またまた客に腹を立てるはめになった▲迷惑な客も玄関がある限りやってくる。そんな百聞のぼやきが身にしみて分かるのは、昨今のわがパソコンに勝手に入り込んでくる迷惑メールのせいだ。「お前ではなし」だらけの受信メールでお困りの読者もさぞやたくさんおいでだろう▲電子メールの使用者に勝手に送りつけられる宣伝や正体不明のメールが迷惑メールだ。その増加に対し総務省は、受信者の同意を得ていないメール送信を全面的に禁止し、罰金の上限も従来の30倍に引き上げる法改正を国会に、提出している▲現在、一世界中のメール全体の9割以上はスパムメールと呼ばれる迷惑メールだという。また日本で受信されるものの9割は米国や中国などの海外発だ。法改正では外国政府に発信源の取り締まりを依頼できる規定を設けたが、もちろん実効性のほどは相手国の政府の協力次第である▲ちなみに「スパム」とは肉の缶詰の商標で、それを連呼するコメディーのギャグからしつこい迷惑メールを指す新語になった。メーカーにはいい迷惑だろうが、ついでながら百聞は加工肉の缶詰の方は好んで食べたそうだ。
《出典》毎日新聞 (20/04/19) 前頁  次頁