「たった3冊で1億円」事件
「風知草」 専門編集委員 山田孝男
 国土交通省の書棚には3冊で1億円という超高価本が眠っている。国交省が、OBの天下り先法人「国際建設技術協会(国建協)に発注し、そこの担当者がテキトーにまとめた海外道路事情の調査報告書だ。役人天国の逸話の中でも、公務員の精神的退廃の深さを浮き彫りにした点で印象深い。発掘した民主党衆院議員、細野豪志(36)=当選3回、静岡5区=の苦心談を面白く聞いた。
 延々1100㌻の同じ報告書が3冊。コピーを見たが、英文資料を自動翻訳機にかけたと思われるヘンな日本語が目立つ。便利だが信頼性に欠けるインターネット上の百科事典「ウィキペディア」や世界銀行のデータの丸写しが大半だという。
 この珍品の存在にどうして気づいたか。細野は1月以来、国から道路財源を受け取っている公益法人の情報開示を国交省に迫ってきた。再三の請求でやっとそろった法人名と支出額を秘書の田中健(30)と夜っぴて分析し、たどり着いた。
 細野は三和総研(現・三菱UFJリサーチ&コンサルティング)出身だ。田中は、みずほ銀行から東京都大田区議を経て細野のもとへ来た。問題の海外調査は国交省がお手盛り(随意契約)で国建協に発注した。2人が注目したのは、他の事業への道路財源の支出が数千万円以下なのに、これだけは1億円近い高額だったからだ。
 銀行系シンクタンクにいた細野は調査請負のプロで、契約にも詳しい。契約見積書を入手してみると、内容不明の「諸経費」のウエートが異常に大きかった。区議出身の田中は「地方議会にありがちな海外視察名目の遊び」とにらんだが、そのレベルの話ではなかった。
 無用な調査を国交省が国建協に発注し、高をくくった国建協がパソコンで手抜き本を3部つくった。1億円の実態は国建協が受け入れている国交省OB3人を含む人件費----。細野はそう判断し、先月21日、他のムダ遣いと合わせて衆院予算委で追及、国交相・冬柴鉄三は「徹底して調べ、得た結論は果敢に実行したい」と答えた。
 問題はそこから先だ。冬柴は省内に「道路整備事業を総点検する改革本部」を設け、6月をめどに結果を公表すると言った。先週、官邸で首相の指示を受け「4月公表」と修正。週末には「道路財源から1件500万円以上収入を得ている50公益法人を数年で半減」「問題ある2法人は解散」「国建協への発注打ち切り」と発表した。
 これは果敢な一歩か、当座しのぎか国民がおかしいと思ったことにすぐ反応した点では前向きだが、数値目標で批判をかわし、天下りを生む構造に触れない点は後ろ向きだ。
 国建協は一つの挿話に過ぎない。だが全体でいくつ減らすから勘弁しろという議論では本質が見失われる。デタラメ本に1億円が支払われ、処罰も賠償もない。「次は発注しない」ですめば警察はいらない。いたずらに厳罰を求めるものではないが霞が関改革へ政治主導の確かな手応えがほしい。
 「国建協は可愛い方。ふつうはもっと壮大な仕掛けを作って天下りOBの人件費を生み出します。霞が関は膨大な無用の仕事を作りだし、役人の天下り先に税金をつぎ込む。この構造を変えなきゃダメです」
 霞が関(旧自治省)が古巣の片山善博・慶応大教授(前鳥取県知事)の確信だ。
 福田政権は微温的、という世評をはね返すリーダーシップに期待する。(敬称略)
《出典》毎日新聞 (20/03/10) 前頁  次頁