ブルーベリー農園
支局長からの手紙
 中主町吉川の辻清子さん(54)の農場を訪ねました。第52回全国農業コンクール(毎日新聞社、茨城県主催、農林水産省など後援、株式会社クボタなど協賛)で地区奨励賞を受賞しましたが、その時の言葉に深い感銘を受けたからです。「毎日比良山と比叡山、琵琶湖を見ながら土を耕しています。美しい自然の中で農業をしていることが私の誇りです」
 辻さんは水稲、メロン、ダイコンなどを栽培している専業農家です。メロン栽培は25年前から。町内では最も早い取り組みです。いずれの作物にも除草剤は一切使わず、減農薬、減化学肥料栽培を実践しています。
 転機は夫の日良治さんの突然の死でした。町の教育委員なとを積極的に務めてきましたが、8年前、自治会役員の研修先で倒れたのです。50歳の働き盛りでした。
 もう農業を続けることはできないとまで思いつめましたが、当時埼玉県の種苗会社に勤めていた長男市太郎さん(28)が農業を継ぐことを決意してくれたのです。「父の働く姿を見てきて農業には魅力があった。チャンスを自分でつかめる。死ぬその日まで働くことができる」。息子の言葉が何よりもうれしかったと言います。
 3年前、市太郎さんと一緒に30㌃の畑に540本のブルーベリーの苗木を植えました。健康に良く、これから消費者の支持を得る果物という確信があるからです。来年6月下旬には観光摘み取り農園としてオープンする予定です。農園の入り□にはロッジを建て、友人の牧場経営者からヨーグルトを購入してブルーベリーのジャムと一緒に食べてもらう……。夢はどんどんと膨らんでいきます。
 農場の作業場には屋上がありました。辻さんのたっての希望で作ったものです。一緒に上がると、琵琶湖の対岸に比良山と比叡山が手に取るように広がっていました。そして、目の前に栗の大本が堂々とした姿で立っていました。32年前、辻さん夫婦が結婚を記念して植えたものです。
 辻さんはこの屋上でする農作業が楽しくてしかたないと言います。「どんなに技術があっても作物の出来を決めるのは天候です」。時代の流れを読みながらも謙虐さを忘れない言葉に胸を打たれました。大きな栗の木を目印にまた訪ねたいと思います。
【大津支局長・岩田敏夫】
《出典》毎日新聞 (15/08/17) 前頁  次頁