数字に表せぬ理想掲げて(改革者の目)
建築家:安藤忠雄さん
---「経済優先の社会では、成熟じた社会とは言えない」と、以前から主張していますね。
 経済がそのまま、国や社会の豊かさをあらわすのか、という疑問が昔からあるんですね。
 戦後日本は、アメリカを見て、豊かさは経済からもたらされる、と信じて突っ走ってきた。80年代には経済大国として世界に知られた。
 でも今、問題なのは、かつて誇っていたその経済の落ち込みでしよう?
会社も国も、心の面でも、経済的にさえ豊かにしてくれないことを、最近の状況は示しているんじゃないでしようか。
 80歳のお年寄りは幸せでしようか。生きている実感を持っているでしようか。一人の人間として大切にされ、認められていますか。
 長寿社会と言うが、当人たちに誇りも喜びもなければどうしようもないでしょう。
 私は「建築界の異端児」と呼ばれます。高卒で、独学で建築を学んだことから考えると、学歴社会の中でも、建築界の中でも異端でしょう。
 しかし、白分の仕事を異端とは思ってない。私なりに、経済効率中心の都市づくりや、地域性を失っていく傾向に対し、こだわって異議を唱えてきた。「こういう考えをする建築家がいるのか」と、人を感動させるのが仕事だと思っている。
 豊かさとは何か、という問い直しが今、必要です。
金もうけがうまくいけば豊かなのか。一流大学を出れば豊かなのか。豊かさとは、あらゆるところにあるんじゃないのか。自分の問題ではないのか。
 そろいうことを、これまで日本ではだれも教えてこなかった。答えは、文学や音楽、芸術に親しみ、旅を通じて自分探しをする中からしか生まれてきません。豊かさを問うには、「心の寄り道」が必要なんです。
 豊かさや生きている実感を、個人が抱けるような成熟した国になってほしい。それには理想を語る政治家が欠かせない。でも、そんな政治家はいない。参院選でもそうだ。数字を並べて、経済政策の目標ばかりだ。
 選挙が終わってからでもいい。数字に表せない理想を高く掲げてもらいたいんです。
■あんとう・ただお 建築家。
人阪府立城東工業高校卒業後、設計事務所で働いたり、欧米の建築を見て回ったりして、独学で建築を学ぶ。独創的な建築で国内外の建築賞を多数受賞した。大阪を拠点に活動しているが、97年からは東大教授も務める。59歳。
《出典》朝日新聞 (13/07/18) 前頁  次頁