◇天声人語◇
『鉄道員(ぽっぽや)』の前評判がいいようだ
 映画『鉄道員(ぽっぽや)』の前評判がいいようだ。直木賞を受けた浅田次郎さんの原作を、降旗康男監督が映画化した。雪の降り積むローカル線で、愚直なまでに仕事一途に生きた駅長の肖像である。

 おとといの朝のNHKテレビに、降旗さんが登場した。母校、長野県立松本深志高校の後輩たちに『鉄道員』を見せに出かけた、そのルポだ。試写に加え、主演の高倉健さんが駆けつける場面もあって、会場は沸いた。終わったあとの在校生有志との懇談では、もっぱら「仕事一途」が話題になった。質問に答え、とつとつと高倉さんは語った。

 「うーん、このごろとっても気になるのは、えー、人が何をしたかということではなくて、何のためにそれをしたのか。ということが、とっても大事な時が来ているんではないかな、という気がしますねえ」。あまりしゃべらないと評判の人が、若い人に誠実に心を開く。なかなか感動的だった。

 生徒に、こんな感想もあった。「僕たちの父親の世代の人たちは、ずっと会社で働いてきて、最後まで頑張ろうってときにリストラであるとか……。自分も何年かして社会に出て行くんですけど、最後は自分のやりたかったことをまっとうして、悔いの残らないように人生を終えたいな、っていうのがすごいあるんです」。

 「悔いのない、前途洋々たる人生に向かって、一生懸命走っていってほしいと思います」と応じた高倉さんは、がらりと口調を変え「そんなに仕事って、いつもいつも楽しいことなんてありゃあしないよォ。志高くやってて、みんなうまくいくなんて、それもないと思う、僕は。絶対ないな。ホンノたまに、ちょっとあるだけですよ、ああ生きてるの悪くねえナってのがね。それも一生懸命やってないと、きっとないと思いますよ」。

 朝の忙しい時間。見逃した人もいるだろう、と紹介したくなった。
《出典》朝日新聞 (11/05/29) 前頁  次頁