レーモンドの心地良い建築空間
隈 研吾 (建築家)
 アントニン・レーモンドという建築家が、ちょっとしたブームである。1888年にチェコに生まれ、1910年にアメリカに渡り、1919年、旧帝国ホテルの設計スタッフとして師の建築家のフランク・ロイド・ライトとともに訪日した。日本のことがとても気に入ってしまい、その後もこの地にとどまり、事務所を開設し、数多くの建築作品を残した。
 作風は折衷的であると、ちょっと前までは言われていた。近代建築に固有の軽やかさや透明感もある。しかし一方、丸太や和紙や杉の皮のような、非近代的、土着的な素材も多用した。
 近代的な鉄やコンクリートを使うべし、という約束事には違反する、そんな分裂したところが「折衷的」だと半ば否定的なニュアンスで言われてきたのである。
 しかし、近年、急に評価が高まった。理由は彼の建築空間の気持ちよさである。温かみのある自然素材を多用して、しかも透明で軽やか。これが気持ちよくなくて何が気持ちよいのだろうか。
 世の中の変化も追い風となった。 かつては近代建築派と伝統派という二極構造があった。どっちつかずは折衷派と呼ばれて一番ばかにされた。建築やデザインの世界も政治的な対立構造によって支配されていたのである。レッテルを張って、敵と味方を峻別(しゅんべつ)して、戦ったり差別したりするのが大好きだった。
 しかし、今や、冷戦構造が崩壊したように、デザインの世界の二極構造も崩壊した。大きなグループがこなごなにくだかれて、個人やグループに分解したのである。気持ちよさ、使いよさに基づいた新しいデザインの基準が生まれつつある。
 そんな時代に評価される建築家が、チェコ、アメリカ、日本を渡り歩いた人間だったというのはとても示唆的な感じがする。
《出典》朝日新聞 (11/05/22) 前頁  次頁